ETRE & LANGUE

テーマ自体の意味

「存在と言語」

ここまで色々と考察を試みてきたわけであるが、詰まる処一つの結論に行き着くのではないか?
言語と存在は殆ど同義と見る事が出来よう。言語は存在其の物であり又存在も同様に言語なのであろう。
こうして見ると…
此処での考察…
つまり結局
「存在と言語」と云ったテーマは究極の謎、疑問、などでは無いのかもしれない。
究極ではないし尚且つ大枠ですらないのかもしれない。…何故なら、その先が、或いは外側が見えて来る。
言語によってあらゆる最終的回答を得るのはほとほと大変な仕事である…し、また認めたくは無いが不可能とも思える次第である。
以前にも述べている様に、例えば「神」の領域には辿り着く事が可能かもしれない。だが其れ等は殆ど階層の最底辺辺りの状況でしか無い。
やはり、そうした階層から離れた何らかの解決方法を見つけ出さない限り全てを見渡す事は不可能だろう。
勿論…何らかのヒントが隠されていると考える事に間違いは無いだろう。そこに言語と云う物がある限り其奴は否応なく繋がっている筈だからである。
従って例え最底辺であろうとも神の領域に辿り着いたならば、其処でまた新たに少し先を見通せるのかもしれない。
これは相当のジレンマではあるが、まあ仕方あるまい。

時折述べている
「言語以外の何か」
は、果たして言語によって見つける事が可能なのか?
そして、もしそれを見つけ出したならば、果たして我々は一気に全てを悟ることになるのか?(=或いは、全てを失う事…「無」の完成に行き着くのか?)
其れ等についても現段階では解らない。

言語から解き放たれる
存在から解き放たれる
…とは一体何の様な意味を持つのか?

今のところ、不本意ではあるものの不完全な言語の力に頼って少しずつノロノロと前に進むしかあるまい。
気が狂わない程度に適当に…

上記UP  20250328  朝方どんよりとした曇り空時折雨の東京にて